About This Shop

このお店は哲学の売り方を実験します。

深遠で抽象的なものとしての哲学と、特定の言葉の具体的な流通の場としての哲学。 往々にして哲学は、前者を「売り」にして後者を(本、講座、トークイベント、ワークショップといったかたちで)買わせます。あるいは学校では、前者に到達するためにこそテクストに目をくっつけるようにして読むべしと教わったり、哲学の遠大さがそのまま、あれを読む前にこれを語ることはできないと言わんばかりの「必読書」の多さと同一視されたりします。

でもそんなのはインチキではないでしょうか。すべては遠大な、数えられない、「哲学なるもの」があるという前提から出発しています。しかしとうぜん数えられるものを集めても数えられないものに到達することなどできません。

したがってこのインチキから逃れるひとつの方法は、哲学の数え方を変えることです。

「哲学とは何かWhat is THE philosophy?」ではなく「ひとつの哲学とは何かWhat is A philosophy?」と問うこと。哲学はどのようにしてひとつのものになるのか。

たとえば「プラトンの」哲学は、どのような意味でひとつの哲学なのでしょうか。それは、彼の全集に収録された言葉に与えられるたんなる総称なのでしょうか。

直感的には、「それ以上」のものを指しているはずだと思います。しかしその「それ以上」はどこにあるのか。プラトンの頭の中か、あるいはイデア界か。そうしてしまったとたんに哲学は手の届かないとろに遠のいてしまいます。

「それ以上」のものは、テクストを前にするわれわれの側にあるのであり、哲学の売り方を実験するということは、われわれがテクストに勝手に見出すものとしての「それ以上」のかたちの多様性を実験すること、そのサイズ感をおのおのの生活にあわせて裁ちなおすことを意味します。

そしてそれは、哲学を「真理」や「歴史」から奪還して、われわれのものにする試みです。

店主 福尾匠(tfukuo.com) 2024年4月