芸術の考え方

フィロショピー第4期(2025年秋冬)の講座として、「言葉にできること:パフォーマティブの概念史」、「芸術の考え方」、そして「ひとりでできるブックデザイン」を開講します。それぞれ独立した内容ですが、セットでの受講がお得です。

概要

芸術は感覚的・感性的なものだ、と言われるとき、そこにはすぐさま、知的なものによって芸術を理解したいという欲望が呼び寄せられます。美術館で絵画を前にして、視野の端にある説明書きに目が引っ張られてしまうときに起こっているのも、煎じ詰めればそういうことでしょう。

この傾向は大きなスケールでは、芸術は「実践」で、それについての美術史なり批評なりが「理論」として、芸術を理解するためのフレームを提供してくれるのだという考えにつながります。それ自体は知的な対象ではない作品があり、そこに外からカパッと知的な格子を押し付けて、理解する。それは理論の「適用」によって、作品を理解することなので、これを「適用主義」と呼ぶことにしましょう。

つまり、理論と実践の分割と適用主義は手に手を取って深く結びついているわけです。そこではたして、作品の新しさを真に受け取ることはできるでしょうか。適用主義とは結局のところ、新しいものを既知の構造に収納して安心するためのものにすぎないのではないか。

しかしだとすると、われわれは芸術作品を前にして、「感じ入る」とか「ブチ上がる」とか、そうした感情的な反応に留まっているべきなのでしょうか。そうした反応を呼び起こすことが芸術作品の力であることもたしかですが、それだけだとわれわれは、作品について考えたりそれを言葉にすることを丸ごと捨て去ってしまうべきだということになります。

適用主義か没入か、このジレンマは、芸術もまたひとつの〈思考〉の形態なのだと考えることによって解決できると僕は考えています。そして芸術学とは、芸術作品に内在する思考を掴み出し、それを言葉にする実践であり、そこでは理論と実践は区別されません。つまり、芸術学とは、芸術という思考の多元性の探求の場である。

この講座では様々な時代・ジャンルの芸術を扱った芸術学の文献を取り上げます。そこでは芸術「が」考えるということと、芸術「を」考えることとが同時に立ち現れます。そもそも〈思考〉とはそのような、異質な思考の出会いにほかならないのではないでしょうか。

トピック(予定)

  • ドゥルーズ『シネマ』
  • 平倉圭『かたちは思考する』
  • パノフスキー『イデア』
  • ヴォリンガー『ゴシック美術様式論』
  • ハル・フォスター『第1ポップ世代』
  • プレヴォー「コスミック、コスメティック」

日程

  • 全6回、3週間にいちど金曜20:00-22:00
  • 2025年12月5日
  • 2025年12月26日
  • 2026年1月16日
  • 2026年2月6日
  • 2026年2月27日
  • 2026年3月20日

講座チケット

販売ページ(STORES)

*セットでの購入がお得です。
*購入者全員に次回購入20%オフクーポンをお配りしております。


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